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DO NASCIMENTO Anthony

今まで行った研究と今後の研究-ブラジル日本移民研究

私はフランスのリヨン第3大学で日本学を専門的に勉強しました。2010年にリヨン第 3 大学大学院博士課程日本文学・日本語研究科に入学し、戦前のブラジルにおける日本移民に関する研究を始めました。その流れで、2011年には立教大学に留学をし、専門の先生の下でブラジルの日本移民研究を進めました。2017年にリヨン第3大学で博士論文を提出し、博士号を取得しました。今後は、トランスナショナル(超国家的)な視座に立って、ブラジルにおける日本移民の研究を継続していきたいと思います。ここでは、今まで行なってきた研究と今後の研究計画について紹介します。

1. 今まで行った研究:1920-1930年代におけるブラジルのナショナリズムによる移民制限の動きと日本政府による移民渡航奨励政策

研究目的と研究方法

日本は1850年代から米欧諸国の求めに応じて通商の扉を開き、1868年に明治時代を迎えてしばらくたつと、日本人労働者が移民として渡航するという現象が起きました。1908年には、サンパウロのコーヒー農園で働くために781人の最初の日本人移住者を乗せた笠戸丸がサントス港に到着し、ブラジルの日本人移民史と、日本とブラジルとの外交関係が始まりました。移民としての日本人労働者のブラジルへの渡航は1960年まで続きました。

図1 – ブラジルにおける年代別外国人移民入国数 (1880-1969年) (出典 : Maria Stella Ferreira Levy, "O Papel da Migração Internacional na Evolução da População Brasileira (1872 a 1972)," Revista de Saúde Pública, supplement, 8 (1974): 71-73.)

写真1−「さあ行こう 一家をあげて南米へ」(出典:https://upload.wikimedia.org

移民がブラジルに数多く渡航した時期は、ハワイと北米への移民渡航が盛んであった時代よりも後の1908年から1930年代前半です。しかし、1920年代から、北米からの排斥運動がブラジルに波及し、1924年にその排日運動の一環としてブラジル議会で日本人移民の制限法案(「レイスアン」)が提出されました。さらに1930年におけるバルガスの国家主義的(「ナショナリズム」)革命を経て、海外移民の排斥を具体化した「二分制度法」の成立まで、日本人受入事情は次第に悪化していきました。それにもかかわらず、1923年から1934年までのわずか約10年間で、南米へ渡航した日本人移民約250,000人のうち75%に近い189,000人がブラジルへの移民でした。さらにその68%の130,000人は、日本政府の移植民保護奨励策により渡航費全額補助を受けた移民であったとされています。つまり、排斥運動のただ中で、日本政府は内務省社会局主導の下で、とりわけブラジルを主な対象とした移民送出奨励策を積極的に行った結果、日本人移民のブラジルへの渡航は急増したのです。

本研究では、ブラジルにおける日本移民に対する制限法案と、そうした制限に対する対応としての日本政府による移民政策を取り上げました。事例として、ブラジル側における「レイス法案」と「二分制度法」、日本側における「移植民保護奨励策」の成立経緯を分析しました。対象となるのは日本の日本人移民行政の改革が活発となった1920年代から、ブラジル国会の下院に「二分制度法」が提出された1934年までです。

この時期の移民行政に関して、外務省と内務省の双方の動きに注目した研究を主に行いました。まず、外務省記録のブラジルの移民関係ファイルから新たな史料を見つけ出しました。そして、ブラジル側の視点として、1920-30年代におけるブラジル社会の発展、思想の変遷、政治的な問題、とりわけ差別的な思想が、ブラジルの社会の構築または移民制限法にどのような影響を与えたのかに着目し、それらの問題に関する大学発行の雑誌や論文を主として研究しました。つまり本研究は、戦前の動向に注目し、ブラジル日本移民史に関する一連文献を背景にしています。

写真2− 本邦第一回ブラジル移民七百八十一名の輸送船笠戸丸
(出典:ブラジル日本移民の100年, URL: http://www.ndl.go.jp/brasil/)

その結果、1920-30年代のブラジルにおける排日運動の一環である移民制限を目的とする法制定過程を明らかにしました。それとともに、同時期の日本政府による日本人移民募集、保護、渡航政策を探りました。移民地における邦人の経済発展を目的とし、排日移民運動への対抗策として立案された多目的「移植民保護奨励策」が、1920年代から1930年代前半期までブラジル移民史上、渡航者数の面では最大の送出をもたらした過程を考察しました。

ブラジル日本移民問題を日伯間の政治、経済、外交史を含めて描き出したこの研究は、新しい多様な資料を用いたトランスナショナリズム(超国家的)な移民研究の試みだったのです。

研究成果

特に移民奨励については、その主導、思想、手順の多重性を明らかにしました。

まず、この移民奨励政策を主導したのが日本政府であったことが明らかになりました。日本政府は、社会事業を専門にする内務省社会局の主導の下に、特にブラジルを主な対象とした「移植民保護奨励策」という移民送出奨励策を積極的に進めました。つまり、それまで外務省の専門であった移民行政を社会政策として担うことで、内務省社会局はいわゆる過剰人口問題や失業問題等の国内問題の解決策にしようとしたことが明らかになりました。

そして、その「移植民保護奨励策」は労働移民ではなく資本を伴う移住を奨励すべきであるという考え方を基にしたことが鮮明になりました。言い換えれば、「移植民保護奨励策」が立案された際に、移民政策の方向性は「出稼ぎ」から「移住」へと変化したのです。

さらに、その実施過程についても実証的に明らかにしました。政府は移民会社や海外株式会社に補助金を提供し、移民の宣伝、奨励、教育等を同会社に代行させていたことも分かりました。

しかし、移民送出に消極的な立場であった外務省は、海外移植民保護奨励政策に対して強く反対し、両省間で対立が生じていました。外務省はその政策の妥当性について疑問をもち、とりわけブラジルの受入事情を考慮すると、あまり強く移民の送出を進めることは日伯外交関係を悪化させかねないと危惧していたのです。その上、第一次大戦後、米国において日本移民排斥運動が激化する中で、ブラジルでも排日論が唱えられ始められました。排斥運動が北米から南米ブラジルに波及することを外務省は懸念していたのです。つまり外務省は、移民問題は外交的観点から望ましくない影響を及ぼすという懸念を抱いていました。

本研究の成果は2012年から現在に至るまでに様々な形で発表され、2017年にリヨン第3大学に提出された博士論文にも反映されています。

2. 今後の研究:「ブラジルにおける各国移民の非同化適応戦略とトランスナショナリティに関する比較研究」

今まで、日伯間の政治・外交史に関心を寄せて、トランスナショナル(超国家的)な視座に立った移民の研究を行なっていたという理由から、ブラジル日本移民研究への貢献が期待され、2018年4月に立教大学の丸山浩明先生(文学部)主導の下、科研費の共同プロジェクト研究の研究分担者として参加しています。課題名は「ブラジルにおける各国移民の非同化適応戦略とトランスナショナリティに関する比較研究」であり、トランスナショナル(超国家的)な視座からの、ブラジルにおける日本、ドイツ、イタリア各国移民集団の歴史、経済、社会、文化的特徴、集団間の交流などを明確することを目的としている共同研究プロジェクトです。

これまで、日本におけるブラジル移民研究は、主に歴史学者による人口論に基づいた送出移民研究と、人類学者による渡航先での移民同化研究の大きく2つに分かれ、総合的な視野に立つ研究がなかなか進んでいませんでした。こうした中で、2000年代前半アメリカの歴史学会で、分断された2つの移民研究を包摂するトランスナショナリズムという革新的な理論が生まれました。トランスナショナリズムは、ナショナルな分担論にしばられないで、これまでの移民研究において主流だったホスト国での同化適応戦略では補完できない、2つの国の間で揺れ動く越境的(間・国家的)な移民像を描き出す試みなのです。

本研究は、ブラジル移民研究にトランスナショナリズムのパラダイムを導入しつつ、ブラジル南部のパラナ州を対象とし、その中でも特に移民社会の形成に大きな役割を果たしたドイツ、イタリア、日本の代表的集団移住地を事例に選定しました。各国移民集団がみせる越境的な生活世界の形成過程(トランスナショナル・ヒストリー)とその特徴を、移民集団間の差異や関係性に着目しながら実証的に解明することを目的としています。

本プロジェクトの中で、私の役割はパラナ州における日本人の代表的な集団移住地で調査・研究を進めることです。まずは、入植移住地の歴史に関する文献研究を行いたいと思います。それから、文献研究を踏まえ、集団移住地を訪問し、ジェネラルサーベイ(データの収集と景観調査)を行い、詳細な調査・研究と比較研究を実施する事例移住地を選び出します。事例移住地における毎年の本格調査に向けて、移民関係機関の訪問や研究協力体制の準備を進めています。最後に、収集したデータやブラジル移民資料の整理と分析を行います。共同研究プロジェクトなので、他の研究者と交流しながら進めています。

ということで、今年からブラジル南部に渡り研究を早速始める予定です。

参考文献

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  • ドナシメント・アントニー、名村優子.1933-1934年のブラジル新憲法制定議会における排日運動と日本の外務当局の対応.立教大学ラテンアメリカ研究所報(45), 1-18, 2016.
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