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Tamako Akiyama

カルチュラル・アサイラム—中国インディペンデント・ドキュメンタリーのトポス

現代中国のディスクール形成と錯綜するネットワーク

世界の多様性と複数性は、どのようにして確保されるのでしょうか?そのような問いを抱きながら、わたしはこれまで、現代中国の非公的文化、とりわけ思想、映画、美術がクロスオーバーする領域の研究、翻訳、通訳を手掛けてきました。近年はとくに、国の検閲を通さずに個人で製作され、その自由で多彩な表現が世界的に注目されるインディペンデント・ドキュメンタリー映画に関する研究とその字幕翻訳についての論考を進めています。

字幕翻訳作品『鉄西区』(監督:王兵/2003年)

字幕翻訳作品『青年★趙』(監督:杜海濱/2015年)

学生時代、中国現代思想におけるディスクール形成と社会変動をテーマに研究を進めていたわたしは、長期休暇ごとに中国でのフィールドワークを行い、多様なディスクールと組織を生み出していた多くの文化人との知遇を得ました。彼らは、所属機関や分野を越えて、複雑で重層的な人的ネットワークを築いており、ひとたびそのネットワークに足を踏み入れるや、わたしは、紹介を介して、様々な分野の個性的な人々—気鋭の思想家や文学者、新時代の学問形成を期す大学知識人、有力雑誌の編集者、中国初の環境NGOを創設することになる政治家、ロック・ミュージシャン、小劇場演劇の劇作家、新進の美術評論家、時代を大胆にえぐる現代美術家ら—と次々に出会うことになったのです。公表された彼らの文献や作品と、その背後に存在し、直接、間接的にそれを支えているネットワークの間の脈絡をたどろうと、わたしの研究の射程は、次第に思想と芸術が交錯する場所へと導かれていきました。

中国インディペンデント・ドキュメンタリーとの出会い

その人的ネットワークの中に、のちに「中国インディペンデント・ドキュメンタリーの父」と呼ばれることになる、若かりし呉文光(ウー・ウェンガン)監督がいたのです。そのころ呉文光は、所属していた国営テレビ局を辞し、天安門事件前後の時代を生きる青年芸術家たちの生々しい姿を切り取ったドキュメンタリー『流浪北京:最後の夢想家たち』(1990)を発表したばかりで、彼の周囲には、ドキュメンタリーが国のプロパガンダと同義であった中国で、個人の視点からドキュメンタリーを撮ろうという気概を持つ仲間が集っていました。こうして、わたしは中国インディペンデント・ドキュメンタリーの草創期から、その主要な担い手たちとの親交を結ぶことになり、その後、山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)をはじめ、複数の映画祭の通訳、字幕翻訳に携わる機会を得たことも加わり、中国インディペンデント・ドキュメンタリーの歴史的変遷を、ときに内側から、リアルタイムで観察することになったのです。

『流浪北京:最後の夢想家たち』(監督:呉文光/1990年)

山形国際ドキュメンタリー映画祭'93 での座談会「小川紳介を語ろう」の一コマ。佐藤真監督(右から2人目)、呉文光監督(4人目)、筆者(5人目)、段錦川監督(6人目)(写真提供:YIDFFネットワーク)

とりわけ、アジアのドキュメンタリーの発展に大きく寄与した山形国際ドキュメンタリー映画祭に通訳者、翻訳者として関わったことは、わたしに独特の視座をもたらすことになりました。わたしはここで、中国インディペンデント・ドキュメンタリーの重要なエポックの一部に立ち会っただけでなく、通訳の機会を通して、日中の監督や専門家と身近に接し、そうした契機がなければ出会わなかった作品や資料に触れたことにより、新たなアングルから世界を見ることを学びました。また、字幕翻訳を通して、監督たちとの繊細で濃密なやりとりを交わし、作品を構成する諸要素を吟味する目を鍛えられ、時間芸術である映像翻訳の美学について思考することを促されることになりました。

カルチュラル・アサイラムとしての中国インディペンデント・ドキュメンタリー

こうして二十余年にわたり、海外の観客とのインターフェースとして関わってきた中国インディペンデント・ドキュメンタリーを、改めて研究対象として俯瞰すると、その歴史を三つの異なる時期に区分できると考えています。まず、1990年代初め、呉文光ら、国営機関の所属を離れたドキュメンタリー監督が初めて登場した草創期、次いで2000年前後に進んだデジタル化を機に多様な領域の製作者が参入し、民間の映画祭や流通網が築かれ、作品の質・量ともに急拡大した拡張期、そして2010年前後から政府による規制が強まり、流通・製作ともに厳しい状況に置かれることになる収縮期です。

第9回北京独立映像展開幕式(写真提供:中山大樹氏)

王我監督デザインによる第10回北京独立映像展ポスター。使用している写真は、同影像展がその前年に当局の要請を受けて出した中止公告

こうした伸縮の軌跡には、わたしがこれまでに研究してきた文学や思想、現代美術やロック音楽など、他の領域における現象との類似性が見いだされます。現代中国の文化形成のトポスでは、思想や芸術のある特定の分野やトピックが、当初は政府の推奨や黙認のもと、多様な領域からの参加者を惹きつけ、マスコミや世論を巻き込みながら拡大・発展し、しかし最終的には政府の規制を受けて衰微していくという現象がしばしば観察されます。このようなブームの発生と収束は何を意味し、それをどのように記述できるのでしょうか。

歴史学や社会学は、寺院や刑務所など、社会の中にあって、なお一般社会の規制から免れているかのような、自律・自立した規範とシステムを持つ組織に注目し、これを「アサイラム」や「アジール」(避難所、聖域)という概念を用いて分析してきました。わたしは、この概念を参照し、現代中国の非公的文化形成のホットスポットを、支配層の是認または黙許によって一時的に許された、世俗の規制から相対的な独立性を有した文化生産領域=「カルチュラル・アサイラム」と位置付ける枠組みを提起し、それにより、それまで個別に論じられてきた複数の分野や領域を統合的に捉え、権力と非公的ディスクールの間の錯綜した相関関係を分析し、アサイラムでこそ可能となった実験の諸相を明らかにすることを目指しています。「カルチュラル・アサイラム」の重要かつユニークな事例として中国インディペンデント・ドキュメンタリーの生成と流通をとらえようとする研究課題は、2015年度の科研費補助金挑戦的萌芽研究に採択されました。

中国と世界の多様性を分かち合うために

方法論、対象ともに多様な領域にまたがるこの課題の研究には、歴史学、社会学、映画学、文学、哲学、文化人類学、翻訳通訳研究、地域研究など多分野の専門家、そしてもちろん、当事者である中国人監督や関係者との協同が不可欠です。とくに科研費を得て以降は、これまでに築いたネットワークを礎に、日本中国香港台湾アメリカの各大学や映画祭や組織と連携し、国内外でシンポジウム講演、上映会を企画・開催し、中国インディペンデント・ドキュメンタリー研究の推進と、その国内外への発信に力を入れてきました。

これまで立教大学で行った活動には、ゲストとして、監督の馮艶(フォン・イェン)杜海濱(ドゥ・ハイビン)趙大勇(チャオ・ダーヨン)邱炯炯(チュウ・ジョンジョン)胡傑(フー・ジェ)顧桃(グー・タオ)の各氏、また俳優兼プロデューサーの王宏偉(ワン・ホンウェイ)氏、山形国際ドキュメンタリー映画祭の藤岡朝子氏、中国インディペンデント映画祭主宰の中山大樹氏ら、この間の中国インディペンデント・ドキュメンタリーの発展に欠かせない多くの関係者をお招きしたほか、アジア地域研究所主催による杜海濱監督『青年★趙』上映会と字幕翻訳に関するトークセッションを企画、開催しました。

筆者のクラスでゲストスピーカーとして講義する杜海濱監督

立教大学で開催したシンポジウム「ドキュメンタリーの縁(エッジ)」の壇上で口琴を奏でる顧桃監督(写真提供:馬然氏)

シンポジウムと上映会「死者が見つめる世界」での胡傑監督。太刀川記念ホールにて

ゲストスピーカーとして立教大学キャンパスを訪れた王宏偉氏(左)と中山大樹氏(右)

これまでの研究や参与観察を通して実感するのは、思想や芸術の多様性の存続には、それを支える個人や集団・組織の存在が深く関わっているということです。わたしがこれまで取り組んできた研究、通訳・翻訳、教育の統合の場である上述の活動も、その場に居合わせる参加者とともに、中国と世界の多様性を分かち合うささやかな試みの一つであり、それを可能にしてくれたのが、立教大学の熱心な教職員の方々と好奇心旺盛な学生たち、自由な研究教育環境でした。素晴らしい同僚に恵まれたこのランゲージ・センターでの任期も、ついに今年度いっぱいとなります。わたしの小さな働きが、立教大学の目指す「市民的教養」や、「新しいリベラル・アーツの教育」に少しでも寄与するものとなることを願いつつ、この美しいキャンパスを愛しみながら、さらに微力を尽くしていきたいと思います。

主な研究業績

  • 秋山珠子「カルチュラル・アサイラム-中国インディペンデント・ドキュメンタリーの透明な砦」, 『大衆文化』第16号, 2017年
  • 秋山珠子「Three songs of “Exile”: Independent Chinese Filmmakers Far From Home 報告」, 『Repre』Vol.29, 2017年
  • 秋山珠子「パネルディスカッション「中国独立映画の現状と課題」」, 『言語文化』第33号, 2016年
  • 秋山珠子「カメラが開く記憶の扉:中国ドキュメンタリー映画の試み」, 『非文字資料研究』30号, 2013年
  • 秋山珠子「追遡時光:中国ドキュメンタリー監督とワイズマンの出会い」, 『neoneo』181号, 2011年
  • 秋山珠子「グローバル化時代の逆説:ドキュメンタリー映画『鉄西区』」, 『中国語』第530号, 2004年
  • 秋山珠子「70年代生れの中国ドキュメンタリー映画監督たち」, 『中国語』第507号, 2002年
  • 秋山珠子「八十年代再検証に向けて:劉小楓の言説を中心に」, 『東洋文化』84号, 2004年
  • 秋山珠子「「俺」から「俺たち」へ:中国ロックの起点から」, 『中国研究月報』50巻6号, 1996年

主な字幕翻訳作品

  • 青年★趙』監督:杜海濱/2015年/106分(YIDFFインターナショナル・コンペティション出品)
  • 北京―ゴミの城壁』監督:王久良/2012年/72分(アース・ビジョン地球環境映画祭 子どもアース・ビジョン賞)
  • ゴールド・アンダーグラウンド』監督:黎小鋒、賈愷/2012年/138分(YIDFF アジア千波万波出品)
  • アプダ』監督:和淵/2010年/145分(YIDFFインターナショナル・コンペティション優秀賞)
  • 馬先生の診療所』監督:叢峰/2008年/215分(YIDFFアジア千波万波、日本映画監督協会賞)
  • 鳳鳴(フォンミン)—中国の記憶』監督:王兵/2007年/183分(YIDFFインターナショナル・コンペティション大賞)
  • 鉄西区』監督:王兵/2003年/545分(YIDFFインターナショナル・コンペティション大賞)
  • クレイジー・イングリッシュ』監督:張元/1999年/90分(YIDFFインターナショナル・コンペティション出品)
  • 2H』監督:李纓/1999年/120分(YIDFFインターナショナル・コンペティション出品)
  • 北京バスターズ』監督:張元/1993年/91分